「家族信託を組んでおいたから安心」――そう思っていたのに、実際にその効果が必要になった場面で「これでは使えない」と気づくケースが少なくありません。契約書を作った時点はスタートラインであり、実際に機能する状態を保ち続けて初めて、家族信託は意味を持ちます。専門家が関わって設計した信託であっても例外ではありません。今回は、実務でよく見られる「使えなかった」パターンと、その防ぎ方を整理します。
なぜ「使えなかった」が起きるのか
信託口口座を作り忘れる、不動産の売却権限を入れ忘れる、といった単純な設計ミスは、専門家が関わっていればまず起こりません。実際に問題になりやすいのは、次のような場面です。
- 想定していた支出と、実際に必要になった支出にズレが生じていた。契約から数年が経ち、当初の見積もりよりも介護度が上がった、入院が長引いたなどの理由で、確保していた現金だけでは足りなくなった
- 「足りなければ不動産を売却すればいい」という前提で設計していたが、実際に資金が必要になったのは急な入院・施設入居などで、不動産の売却が間に合わなかった
- 契約時には受託者も内容をよく理解していたが、実際に必要になるまで数年〜十数年が空くこともあり、いざという時に何をすればいいか忘れてしまっていた

不動産の売却は、資金計画の「主軸」にはできない
不動産に売却権限を持たせておくこと自体は、有効な備えです。ただし、実務では買主を探し、契約し、決済が完了するまでに数ヶ月単位の時間がかかります(信託不動産の取り扱いに不慣れな不動産会社や金融機関が相手だと、さらに時間がかかることもあります)。施設入居金や入院費用のように、数週間〜1ヶ月程度で必要になる資金には、不動産の売却では対応しきれません。「いざとなれば売ればいい」という考え方は、時間的な猶予がある支出には有効ですが、急な出費への備えにはならない、という点を分けて考える必要があります。
必要な現金は、どれくらい見積もればいいか
「施設入居費用や医療費といっても、実際いくら必要なのか分からない」という声もよく聞きます。目安として、有料老人ホームは入居金0〜数百万円+月額15〜35万円程度、特別養護老人ホームは入居金なし+月額10〜15万円程度が一般的なレンジとされています。不動産の売却で賄う分と、当面の運転資金として現金で持っておく分を分けて設計し、後者については想定支出の1.5〜2倍程度を目安に信託財産へ組み込んでおくと、急な出費にも対応しやすくなります。
よくあるご相談の例
「専門家に依頼して家族信託を組み、信託口口座も開設し、実家の売却権限も受託者に持たせていた。数年後、父が急に倒れて入院し、退院後すぐに施設入居が必要になったが、入居金と当面の費用をすぐに用意できず、実家の売却を進めている間、家族が一時的に立て替えることになった」というご相談がありました。設計自体に不備はなかったものの、「いざとなれば売ればいい」という想定が、実際には数ヶ月かかる売却手続きと、数週間で必要になった資金ニーズとの間でズレてしまったケースです。
では、こうした場合はどうすればよかったのでしょうか。方法の一つとして「追加信託」があります。追加信託とは、すでにある信託契約に、あとから追加で現金や財産を組み入れる手続きです。今回のケースであれば、入院や体調悪化に気づいた時点で、追加信託によって不足分の現金を信託に組み入れておく、という対応が考えられます。
ただし、追加信託も、最初の契約と同じように、委託者(財産を託す本人)が「この財産を信託に追加します」という意思表示ができる状態、つまり判断能力がしっかりしている状態でなければ行えません。今回のように急な入院や体調悪化がきっかけの場合、判断能力の有無を確認している余裕もないまま、資金が必要になることも少なくありません。
だからこそ、将来的に必要になりそうな金額を少し多めに見積もり、判断能力に問題がないうちに、余裕を持って追加信託をしておくことをおすすめします。
「使える家族信託」にするための3つのポイント
- 不動産の売却で賄う分と、即座に動かせる現金で備える分を分けて設計する。「いざとなれば売ればいい」を資金計画の唯一の柱にしない
- 想定支出は契約時点の金額で固定せず、数年ごとに家族の状況(介護度、入院歴など)と照らして見直す
- 受託者と家族全員が契約内容を理解し、いつでも見返せる状態にしておく。契約書を金庫にしまい込むのではなく、コピーを家族で共有しておくことも有効です。特に契約から時間が空いている場合は、内容を読み返す機会を意識的に作ることが大切です

契約書の内容だけでなく、「実際に動かせる仕組みになっているか」まで確認しておくことが、家族信託を意味のあるものにする分かれ目です。専門家が設計した信託でも、時間の経過とともに家族の状況と契約内容にズレが生じることはあります。特に、契約時にはなかった新しい支出(介護サービスの利用など)が発生していないか、定期的にチェックする習慣を持っておくと安心です。
よくある質問
Q. 一度作った契約書は、後から作り直せますか?
A. 可能です。信託契約の変更に関する条項や、委託者・受託者・受益者の合意によって内容を見直すことができます。具体的な方法は次回、変更・解除の実務として解説します。
Q. 契約から数年経っていますが、今から見直しても遅くないですか?
A. 決して遅くありません。むしろ、家族の状況や財産内容は数年で変わることが多いため、定期的に契約内容を見直すこと自体が、家族信託を「使える」状態に保つための大切な習慣です。
Q. 見直しのタイミングの目安はありますか?
A. 決まったルールはありませんが、家族の暮らしに大きな変化(介護が必要になった、住まいが変わったなど)があったときは、見直しを検討するよい機会です。
せと行政書士事務所ができること
契約書の作成だけでなく、不動産と現金のバランスを含めた資金計画まで一緒に設計し、いざという時に機能する家族信託になるよう伴走します。すでに契約済みの信託の見直しにも対応しています。
まとめ
家族信託は、専門家が設計した契約であっても、時間の経過とともに実際の状況とズレが生じることがあります。「いざとなれば不動産を売ればいい」という考え方だけに頼らず、急な資金ニーズに対応できる現金の備えと、定期的な見直しを組み合わせておくことが、本当に「使える」家族信託につながります。
執筆者:せと行政書士事務所 代表 瀬戸孝之(行政書士・CFP・FP1級技能士・宅地建物取引士・家族信託専門士)
投稿者プロフィール

- 資産トータルアドバイザー
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せと行政書士事務所、代表。
行政書士、CFP、FP 1級技能士、宅地建物取引士、家族信託専門士、一種外務員を保有。シニア世代の悩みをワンストップで解決する事務所として、FP、不動産売買、終活、相続対策など、トータルサポートを提供している。
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