銀行窓口で実際に起こっている現実
「実の子どもなのに、なぜ引き出せないのか?」

「母の介護費用を支払おうと銀行に行ったら、引き出しを断られた」
「父の入院費のために委任状を持って行ったのに、本人確認ができないと言われた」
こうした声は、今や決して珍しいものではありません。
認知症患者の増加に伴い、家族が親の預金を引き出せないという事態が、全国の銀行で日常的に起きています。
私は現在、行政書士として相続や認知症対策の相談を受けていますが、
その前に保険会社から銀行へ出向し、通算13年間、行員として銀行実務に携わってきました。
窓口対応に限らず、外回りや本部業務など、複数の立場で銀行の実務を経験しています。
銀行の内側で判断する立場と、外から銀行を見る立場の双方を知っているからこそ、
この問題は「融通がきかないから起こる」のではなく、構造上、避けられない問題であると感じています。
定義|家族であっても「代理人」ではない

銀行にとって、預金はあくまで本人の財産です。
たとえ実の子どもであっても、法律上、当然に代理権があるわけではありません。
預金の引き出しは法律行為にあたり、
民法では意思能力を欠いた状態で行われた法律行為は無効とされています(民法第3条の2)。
銀行は常に、「この取引は本人の真意に基づくものか」を確認する責任を負っています。
理由|銀行が引き出しに応じられない3つの理由
銀行が家族による引き出しに慎重になる理由は、大きく三つあります。
① 法的リスクの回避
後日、取引の有効性が争われた場合、銀行は重大な責任を負う可能性があります。
② 本人保護の観点
高齢者を狙った詐欺や、家族による不適切な財産利用を防ぐ必要があります。
③ 犯罪収益移転防止法への対応
本人確認の厳格化は、銀行の裁量ではなく、法令上の義務です。
これは窓口対応だけでなく、本部レベルでも共有されている考え方です。
データ|「特別な話」ではなくなっている現実
厚生労働省の推計では、2040年には認知症の人が約584万人、
65歳以上の7人に1人が認知症になるとされています。

つまり、判断能力が低下した方への対応は、
銀行にとっても「日常的に起こり得る業務」になりつつあるということです。
よくある誤解|委任状があれば大丈夫?
これは非常に多い誤解です。
現在の銀行実務では、委任状があっても必ず引き出せるわけではありません。
本人への電話確認や意思確認ができなければ、手続きは止まります。
銀行実務に携わっていた頃も、
「書類は揃っているが、本人の状態が明らかに不安定」
というケースでは、引き出しを認めない判断がなされていました。
ケース|銀行現場で繰り返し起きていること
・暗証番号を何度も間違え、窓口で会話が成立せず、その場で取引停止
・委任状はあるが、本人確認の電話で意思疎通ができず引き出し不可
・ATMで日常的に引き出していたが、銀行が認知症を把握しカードも停止
・介護費用目的で引き出していた預金が、死後に相続トラブルに発展
いずれも、銀行にとっては「特別な事例」ではありません。
専門家整理|重要なのは「事前の設計」
認知症になってからでは、取れる選択肢は一気に狭まります。
実務上、現実的な備えとしては、
- 銀行の代理人届・予約型代理人サービス
- 任意後見契約
- 家族信託
- 家族間での情報共有と記録管理
が挙げられます。
重要なのは、
「引き出せるかどうか」ではなく、
後から説明できる形で管理されているかです。
まとめ|銀行の構造を知る立場から伝えたいこと
銀行は冷たいから止めるのではありません。
止めなければならない仕組みの中で判断しているのです。
銀行の内側で実務に携わり、
さらに外部から銀行を支援する立場も経験してきたからこそ、
「元気なうちに備えること」の重要性を強く実感しています。
認知症と預金の問題は、制度の問題であると同時に、
家族がどれだけ早く準備できるかという問題でもあります。
せと行政書士事務所
代表 瀬戸 孝之(行政書士)

保険会社から銀行へ出向し、通算13年間、行員として銀行実務に従事。
その過程で出向元に戻り、外部から銀行を支援する立場を経験するなど、
銀行の内側・外側の双方に関わってきました。
こうした経験を踏まえ、相続・認知症対策・財産管理を中心に実務支援を行っています。
TEL:06-4400-3365
投稿者プロフィール

- 資産トータルアドバイザー
-
せと行政書士事務所、代表。
行政書士、CFP、FP 1級技能士、宅地建物取引士、年金総合診断士、家族信託専門士、相続対策コンサルタントを保有。シニア世代の悩みをワンストップで解決する事務所として、FP、不動産売買、終活、相続対策など、トータルサポートを提供している。
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