―相続登記の先送りが招いた3つの悲劇―
はじめに
「面倒だから」「お金がかかるから」「急ぐ必要はないから」
相続の相談を受けていると、こうした言葉を本当によく耳にします。
確かに、2024年3月まで相続登記は義務ではなく、登記をしなくても罰則はありませんでした。そのため、「今すぐ困らないから」と手続きを後回しにする方が少なくありませんでした。
しかし、相続登記を放置した代償は、想像以上に大きなものになります。
ここでは、実際に現場で起きた事例をもとに、相続登記を先送りしたことで家族が直面した3つの悲劇をご紹介します。
ケース1:10年の放置が600万円の出費を生んだ家族
Aさんのご家族に起きた出来事は、「先延ばし」がどれほど危険かを端的に示しています。
2008年、祖父が亡くなりました。相続人は母Xさんと叔父Yさんの2人です。
Aさん一家は祖父と同居して実家に住んでおり、叔父Yさんは埼玉県で別の生活をしていました。
「実家はXが相続すればいい」
叔父Yさんも快く了承し、話し合いは円満にまとまりました。
ところが、母Xさんは相続登記をしませんでした。
理由は、手続きが面倒で費用もかかること、そしてすでに実家に住んでいるため、登記を急ぐ必要を感じなかったからです。
その後、2013年に叔父Yさんが病死、2018年には母Xさんも亡くなりました。
実家の登記名義は、祖父のまま残されていました。
母の四十九日を終えたAさんは、実家を自分名義にしようと考え、叔父Yさんの息子であるいとこBさんに協力を求めました。すると返ってきたのは、思いもよらない言葉でした。
「それなら、1000万円を払ってください」
実家の評価額は約2000万円。叔父Yさんの法定相続分は2分の1、1000万円です。
10年前の口約束はありましたが、法的な効力はありません。登記がされていない以上、Bさんにも相続権があります。
最終的に、Aさんは600万円を分割で支払うことで話をまとめました。
今もその支払いは続いています。
もし母Xさんが早い段階で相続登記をしていれば、この600万円は不要でした。
相続が連続して発生する「数次相続」により、相続人が増え、権利関係が一気に複雑化した典型例です。
ケース2:相続人70人超――私道の持分が引き起こした悪夢
相続登記を放置した結果、最も深刻な問題となるのが「相続人の爆発的増加」です。
2011年、76歳の女性が自宅を売却しようとしました。しかし調査の結果、自宅に接する私道の持分が、曽祖父名義のまま放置されていることが判明しました。
曽祖父は明治生まれ。
そこから3回の相続が未登記のまま経過していました。
戸籍調査に3か月以上を要し、判明した相続人は72人。
依頼者が私道の持分を自分名義にするには、この72人全員から同意を得て、遺産分割協議書に実印を押してもらう必要がありました。
さらに問題は続きます。
住民票が職権消除されている人、郵便物が返送される人、連絡の取れない人が複数いました。不在者財産管理人の選任申立て、意思確認ができない高齢者については成年後見人の選任も必要でした。
中には「絶対に判は押さない」と拒否する相続人も現れました。
数世代前の相続に対する不満が、今になって噴き出したのです。
最終的には、別の共有者から持分を譲り受けることで、何とか自宅の売却は実現しました。しかし、私道の一部は今も曽祖父名義のまま残されています。
現在、相続登記は義務化されていますが、この私道は事実上、誰も手をつけられない状態になっています。
ケース3:認知症で手続き不能に――売却の好機を逃した悲劇
相続登記を放置すると、相続人自身の状況も変化していきます。
姉Xさんが亡くなり、弟Aさんと妹Bさんが相続人となりました。
姉には配偶者も子どももおらず、遺産は姉が住んでいた家のみでした。
「今は使わないし、いずれ処分すればいい」
そう考え、相続登記はしないまま3年が経過しました。
その後、Aさんのもとに購入希望者が現れました。
売れないと思っていた実家に買い手がついたのです。
しかし、妹Bさんが認知症を発症していました。
遺産分割協議には本人の意思能力が必要ですが、Bさんは遺産の内容を理解できない状態でした。
専門家に相談したところ、「成年後見人を選任しなければ手続きは進められません」と説明されました。
後見開始から相続登記、売却までには、少なくとも半年以上かかります。
結果として、Aさんは売却の好機を逃しました。
さらに、後見人は被後見人の財産を守る立場にあるため、持分を無償で譲ることはできません。Aさんは妹の持分相当額を支払うことになり、想定外の出費を強いられました。
教訓:相続登記は「できる時」に「すぐ」やる
これら3つの事例に共通するのは、相続登記を先延ばしにしたことです。
「面倒」「費用がかかる」「今すぐ困らない」
その結果、数百万円の支払い、数十人との調整、売却機会の喪失といった、比べものにならない損失が生じています。
2024年4月から相続登記は義務化され、正当な理由なく3年以内に登記をしなければ、10万円以下の過料が科される可能性があります。しかし、本当に怖いのは過料ではありません。
時間の経過とともに相続人は増え、認知症や死亡により手続きが不可能になり、家族間の感情的な対立が深まっていくことです。
相続登記は「義務だから」ではなく、将来の争いを防ぐために行うものです。
不動産を相続したら、まず相続登記。
それは、家族を守るための最低限の責任だと、私たちは考えています。
※相続登記義務化の制度背景や、所有者不明土地問題との関係については、
**制度を専門的に整理した「専門家プロファイル用コラム」**でも詳しく解説しています。あわせてご参照ください。
せと行政書士事務所(大阪市北区)
代表 瀬戸孝之
出典・参考資料
本コラムに記載した制度内容・社会的背景・事例類型は、以下の公的資料・専門家実務資料等をもとに構成しています。
- 法務省
「相続登記の申請義務化について」
相続登記義務化の概要、義務の内容、過料、経過措置等
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00404.html - 法務省 民事局
「所有者不明土地問題への対応」
相続登記未了が所有者不明土地の主因である点、法改正の背景
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html - 国土交通省
「所有者不明土地対策について」
公共事業・災害復旧への影響、自治体の実務負担
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk2_000058.html - 所有者不明土地問題研究会(2017年最終報告)
所有者不明土地の面積推計(約410万ha)、経済的損失推計(約1,800億円/年、累積約6兆円)
※国土交通省資料・有識者報告書に引用されている統計 - 日本司法書士会連合会・実務研修資料
数次相続・相続人多数化・私道持分未登記に関する実務事例
(相続人70名超、私道持分問題等は全国の司法書士実務で実際に報告されている類型事例) - 家庭裁判所実務・成年後見制度運用実例
認知症発症後の遺産分割不可、成年後見人選任が必要となるケース
(各地裁・家裁実務運用、成年後見制度解説資料)
投稿者プロフィール

- 資産トータルアドバイザー
-
せと行政書士事務所、代表。
行政書士、CFP、FP 1級技能士、宅地建物取引士、年金総合診断士、家族信託専門士、相続対策コンサルタントを保有。シニア世代の悩みをワンストップで解決する事務所として、FP、不動産売買、終活、相続対策など、トータルサポートを提供している。
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