―「診断された日」ではありません―

認知症になると、銀行口座はいつ使えなくなるのか

「親が認知症と診断されたが、預金はまだ引き出せるのだろうか」
「ある日突然、口座が止まると聞いて不安になった」

こうした相談は、実務の現場で非常に多く寄せられます。
結論から言うと、口座が止まるタイミングは“認知症と診断された日”ではありません。

銀行口座が止まるかどうかの分岐点は、銀行が本人の判断能力の低下を認識したかどうかにあります。


そもそも「口座凍結」とは何が起きているのか

一般に「口座凍結」と呼ばれていますが、正確には
銀行が本人の意思確認ができないと判断し、取引を制限する状態を指します。

預金は本人の財産であり、引き出しには本人の意思表示が必要です。
民法では、意思能力を欠いた状態で行われた法律行為は無効とされています。

銀行が意思能力に疑義のある状態で払い戻しに応じると、
後日「無効」と主張され、二重払いのリスクを負う可能性があります。
そのため銀行は、預金者保護の観点から、慎重な対応を取らざるを得ないのです。


なぜ「ある日突然」止まるのか

認知症による口座凍結が問題になる理由は、大きく3つあります。

1つ目は、銀行が医療情報を事前に把握していないことです。
病院には守秘義務があるため、認知症の診断が銀行に伝わることはありません。

2つ目は、判断能力は段階的に低下するという点です。
診断があっても、日常的な手続きが問題なくできている間は、口座は止まりません。

3つ目は、銀行が「知った瞬間」に判断が切り替わることです。
これにより、ある日突然、取引が制限される事態が起こります。


実際に「口座が止まる」きっかけ

実務上、次のような場面が引き金になります。

  • 窓口で同じ質問を繰り返す
  • 署名が著しく乱れる、何度も書き直す
  • 取引内容や目的を説明できない
  • 家族が「認知症になった」と相談する
  • 不自然な取引履歴が続く
  • 詐欺被害等で第三者から情報提供が入る

特に注意が必要なのは、家族の善意の相談です。
「今後どうなりますか?」と相談した結果、その場で取引制限がかかるケースも少なくありません。


全国銀行協会の指針と現実

2020年以降、全国銀行協会は
「本人の意思確認ができない場合の預金引き出し」に関する指針を整備しています。

一定の条件を満たせば、
医療費・介護費などに限り、家族による引き出しが認められる場合もあります。

ただし、

  • 金額は限定的
  • 一時的・緊急的対応
  • 銀行ごとに運用が異なる

という制約があり、根本的な解決策ではありません。


口座が止まった後、できることは限られる

一度口座が止まると、原則として
成年後見制度を利用する以外に方法はありません。

申立てから後見人選任まで、通常1~2か月、場合によってはそれ以上かかります。
その間、預金が動かせず、家族が立て替えを余儀なくされることもあります。

さらに、後見人が必ずしも家族になるとは限らず、
専門職後見人が選任され、継続的な報酬負担が生じる点も見落とせません。


よくある誤解

「診断されたらすぐ凍結される」
「家族なら引き出せる」

こうした理解は、実務では通用しません。
**判断基準は常に“銀行の意思確認ができるかどうか”**です。


行政書士の立場から整理すると

この問題で重要なのは、次の3点です。

  1. 口座が止まるタイミングは予測できない
  2. 凍結後の選択肢は極端に少ない
  3. 判断能力があるうちしか選べない制度がある

だからこそ、
「まだ大丈夫な今」の備えが決定的に重要になります。

代理人届、任意後見、家族信託――
どれが適しているかは、家族構成や資産内容によって異なります。


まとめ|止まってからでは遅い

認知症で口座が止まる瞬間は、
「銀行が判断能力の著しい低下を認識した時」です。

その瞬間は、ある日突然訪れます。
だからこそ、止まってから考えるのではなく、
止まる前に整理しておくことが、本人と家族の安心につながります。


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せと行政書士事務所
相続・成年後見・老後資金対策を中心に、
「今できる備え」を分かりやすく整理しています。
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投稿者プロフィール

瀬戸 孝之
瀬戸 孝之資産トータルアドバイザー
せと行政書士事務所、代表。
行政書士、CFP、FP 1級技能士、宅地建物取引士、年金総合診断士、家族信託専門士、相続対策コンサルタントを保有。シニア世代の悩みをワンストップで解決する事務所として、FP、不動産売買、終活、相続対策など、トータルサポートを提供している。