― 法律は認知症の行為をどう評価するのか ―
はじめに
日本は世界でも類を見ないスピードで高齢化が進んでおり、認知症と法律の問題は、もはや一部の家庭だけの課題ではありません。
「親がよく分からないまま高額な契約をしてしまった」「認知症の疑いがある家族が不動産を処分しようとしている」――こうした相談は、実務の現場でも年々増えています。
では、認知症の方が行った法律行為は、すべて無効になるのでしょうか。
本稿では、法律が基準とする「判断能力」「意思能力」という考え方を整理し、認知症と法律行為の関係を専門家の視点から解説します。
法律における三つの「能力」
法律上、人の「能力」は主に三つに整理されます。
第一に「権利能力」です。
これは権利や義務の主体となる資格を指し、人は生まれた時から当然に有しています。認知症になったからといって、権利能力が失われることはありません。
第二に「意思能力」です。
意思能力とは、自らの行為の意味や結果を理解し、それに基づいて判断できる精神的能力をいいます。法律行為の有効・無効を判断する際の根本的な基準です。
第三に「行為能力」です。
行為能力とは、単独で有効な法律行為を行える能力をいい、成年後見制度における制限行為能力者の区分と深く関係します。
認知症との関係で最も重要となるのが、この「意思能力」です。
意思能力と改正民法の位置づけ
2020年4月施行の改正民法第3条の2では、
「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする」
と明文で規定されました。
これは従来から判例で確立していた原則を条文化したものであり、意思能力を欠く状態で行われた法律行為は、原則として無効であることが明確になっています。
もっとも、重要なのは「認知症であるかどうか」ではなく、「その法律行為を行った時点で意思能力があったかどうか」という点です。
「判断能力」と「意思能力」の違い
実務では「判断能力」という言葉も頻繁に使われます。
法律上、この判断能力は「事理弁識能力」と呼ばれ、成年後見制度における後見・保佐・補助の区分判断に用いられます。
判断能力は、本人が法律的に保護される必要があるかどうかを判断するための概念であり、能力の程度に応じた段階性があります。
一方、意思能力は、特定の法律行為が有効か無効かを判断するための基準です。
行為ごと・時点ごとに個別具体的に判断される点に特徴があります。
つまり、
- 判断能力:制度利用の要否・程度を判断する概念
- 意思能力:法律行為の有効性を判断する概念
という役割の違いがあるのです。
認知症患者の契約は無効になるのか

認知症の方が締結した契約が、すべて自動的に無効になるわけではありません。
判断基準は、契約時点における意思能力の有無です。
認知症には軽度から重度まで段階があります。軽度の段階であれば、日常的な買い物や簡単な契約について意思能力が認められるケースも少なくありません。
しかし、不動産取引や高額商品の購入、家族信託契約のように内容が複雑で将来に長期的な影響を及ぼす法律行為では、より高度な理解力が求められます。
裁判実務では、
- 医師の診断書
- 認知機能検査(HDS-R、MMSEなど)の結果
- 契約時の状況や説明内容
- 契約の複雑性や金額
といった事情を総合的に考慮して、意思能力の有無が判断されます。
単に「認知症と診断されている」という事実だけでは足りず、「その行為を行った瞬間の理解力」が重視される点が重要です。
成年後見制度との関係

意思能力を欠く場合の「無効」と、成年後見制度に基づく「取消し」は別の制度です。
成年後見人等が選任されている場合、本人が単独で行った一定の法律行為は「取り消すことができる」とされます。これは無効とは異なり、相手方の保護も考慮した制度設計です。
現在、成年後見制度については大きな制度改正が検討されています。
法制審議会では、終身制の見直し、期間設定・更新制への転換、本人意思の尊重を重視した柔軟な制度設計などが議論されており、2026年以降の施行が見込まれています。
おわりに(せと行政書士事務所/大阪市北区)
認知症と法律上の判断能力の問題は、医学的評価と法的評価が交錯する非常に繊細な分野です。
重要なのは、「認知症=すべての行為が無効」ではないという点を正しく理解することです。
法律は、個々の行為ごとに、その時点での意思能力を慎重に評価します。
そのため、早期の備えと正確な制度理解が、本人と家族双方を守る鍵となります。
投稿者プロフィール

- 資産トータルアドバイザー
-
せと行政書士事務所、代表。
行政書士、CFP、FP 1級技能士、宅地建物取引士、年金総合診断士、家族信託専門士、相続対策コンサルタントを保有。シニア世代の悩みをワンストップで解決する事務所として、FP、不動産売買、終活、相続対策など、トータルサポートを提供している。
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